二度目の自分探しをするまでの私は自分の事より、子供に集中していました。
子供の知能指数を決めるのは母親しだいといわれている中、私の育て方次第で子供の運命を決めてしまう。
ではしっかり線路をひいてあげなければならない、このならないが私にはかなりのプレッシャーでした。
英才教育[:本:]、お受験、などなどの単語が目に入り、長女にはかなりの教育ママぶりを発揮していました。
子供は私の操り人形ではないと心ではわかっていたつもりだったのですが、このころの私の生き甲斐は子供だったのです。
その頃、少し早い長女の反抗期がなかったら、きっと今の私はなく、いまだに子供命の母親だったかもしれないと思うとぞっと[:冷や汗:]します。
社交ダンスに出会い、カラーに出会い、今まで気になってしかたなかった子供の行動がさほど気にならなくなりました。
その甲斐あってか、子供たちはずいぶん伸び伸び[:ウィンク:]と育ってくれています。
カラーとの出会いによって、子供ではなく自分に集中できるようになっていった私は社交ダンスの先生ではなく、カラーを仕事としたいと思うようになるのです。
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